富士山は不思議な山だと思う、何度眺めても何時も興奮する。
歌にも出てくるように、富士は日本一の山、そして、芸術家にも
愛され富士に採り付かれた人も少なくない。
いろんな顔を持つ富士山。
ここに、挑戦しょうと、無謀な私の我が侭一言に条件が有りました。
それは、「一年計画山登りトレーニングをクリヤー出来るもなら
連れていって良い」と返事を猪飼隊長から許可が有り
そして、最小限身を守る服、道具の準備にスポーツショプに
猪飼隊長は付き合ってくれたのが山登りの第一歩でした。
私達の計画を柴田さんに話した所、意外な言葉が返って来ました。
「私達も行きたい」との事でしたが、何分私達も山登りは
まったく経験が無い為、人に進める自信は無いので・・・
その事も良く理解してもらい、
隊長に連絡したうえで、私達が準備した物を
見せそれを参考に揃えられました。
中村区で遊歩会からお誘いで鎌ヶ岳でそうめん流しをする
と言うので猪飼さんと参加しましたが現地に近づくにしたがい
怪しい雲行き・・・・。駐車場に着くとやはり雨が振り出し
山は中止、行き先を変更し、キャンプ場で「そうめん」を食べる事に
なり移動、ところが、「そうめん」の支度をしだしたら、お天気が
良くなりましたが・・・、
この日は残念ながら山登りのトレーニングにはなりませんでした。
(本当は心の中では、ホットしてたかも?)
富士登山トレーニング第一回(御在所)
メンバーは猪飼家、柴田家、西田家、6名
自然アスレチックでとても、良い感じで登って、
なんと、お昼は豪華メニューですき焼きでした。
ところが、帰って来てからはもう大変ロボット状態
痛いのなんのって、全身が筋肉痛で一週間は楽しめたかなぁ?
(へへへぇー、歩くと言うか、足を動かすごとにうっ、うっとつい
声が出てしまうほどでした)
第2回トレーニング 乗鞍岳
第3回トレーニング 鎌ヶ岳
第4回トレーニング 御在所裏道
上高地でのクロカントレーニングは苦しく、また、スキーとは違うあじわいでした。
愛歯月報にも無記名でクロカンのトレーニングに行ったことが掲載されましたが
いつのまにか、西田夫婦のことだと、ばれてました。
(あぁ、また、有名人になってしもた。)
そのお陰でメールで応援して頂けるように成りました。
こうなったら、後へは引く事が出来ません。
(何が何でも富士山へ登らないとと心に誓いました。)
何時の間にか下山後は温泉付のおまけと言う嬉しい予定も
組まれるように成り、ちょぴり、私の中では、山より、
おまけの温泉の方が主になったかなぁ・・・?(なんってね)
もちろん、頂上の雄大な風景はどの山も違う感動を与えられ、
メンバーも回を重なる事に人数は増えてきましたが、
4月トレーニング中、隊長の大切な奥様が足を骨折され、
富士山は無理とメールを読んだ時はビックリして、
非常に、悲しかったです。
何とか、早く直して一緒に富士山に登れないのかなぁ・・・?
7月最後のトレーニング御嶽山です。
隊長のメールに一番心配なのは、(J・N)と(Y・N)と
書かれ直ぐ私と娘の事だと分かり、毎日ひそかに、私なりに、
プールで歩いたり、泳ぐ練習をしました。
御嶽山の当日メンバーは、隊長、隊長の友人、それに後輩で有る高校生3名
トレッキング部だそうです。(初参加)
中野ご夫妻、ドコモメンバー、柴田ご夫妻、杉山ご夫妻、リコちゃん、
西田家と、有希友人の原田さん、アニーター、
さすがに御嶽山は3千メートル級で空気は薄い為、意識がモウロウ、
頂上は直ぐそこに見えているのに、なかなか頂上にはたどりずかず、
一歩上がる事に休憩「あぁ、もうだめだと思い倒れた所を、
しっかり、証拠写真撮られサングラスをはめてましたので良かったです。
(やはり、隊長は意地悪だーよー。)
ふらふらしながら、
やっとの想いで、皆の待つ頂上に着き
拍手で迎えられ嬉しかったです。
記念撮影もバッチリ写し、「あぁ、アニーターは何処」と聞いたところ
途中の休憩所で待っているらしい。(何でも、寒さと冷えで、膝が痛いとか)
娘と私、原田さん、下りで、杖を買い、焼印をしてもらい、アニーターと逢い
一緒に下って途中で隊長はソウセージ、お餅を焼いて食べました。
(美味しかったです)
お餅と言えば朝、夫が持ってきたインスタント餅を食べましたが
とても気持ち悪く、吐き出したくなるような感じで
無理やり飲み込みました。
後から聞いたら皆から評判悪かったようで、ガッカリしてました。
この日は小さい虫が顔の周りを飛んでと言うか目、鼻、耳まで
入り込んでもう大変でした。
2週間後は、本番の富士山をひかえているのでもう一度持ち物に
再確認、絶対に必要な酸素ボンベ、カロリーメイト、ビダーインゼリー
お茶、ホカロン、カッパ、手袋、着替え、靴下、痛み止め。
それに、御嶽山で購入の杖を埋め込み身体も整え気合を入れたはずなのに
夏風邪を娘と私は引いてしまいました。2日間点滴し、お腹の痛みは無くなり
2日間は大事を取り、風邪を直し何とか富士山に挑戦する事ができました。
(7/15〜7/18熱を出して寝込んでいて本当に苦しかったです。)
7/21(金曜日)12時出発。原田さんを向かえに行き何時もならアニーターの所
なのですが、御嶽山で懲りた様でパス、私達のグループ(ヤスミ隊)は西田家、有希
有希の友達の原田さん4名ですが隊長が入って5名で同乗する事になりました。
(ひょっとして、隊長もヤスミ隊員では?)
後の隊員はエヤロビ隊:柴田ご夫婦、杉山ご夫婦、リコちゃん
ドコモ隊:中野ご夫婦、鍔本さん、柴田さん、白木さん
計15名
富士山スカイラインを上がりパーキングに行くのですが、満車で路上に
止めることに決めた様です。
暖かい豚汁を頂き休んでました。(少々緊張ぎみ)
出発するよと声が掛りました、(さぁ、富士登山がいよいよ始まりです)
今日中に8合目の小屋まで登れば良いとの事(それでも結構歩くのだろうな?)
途中、田子の浦、駿河湾、伊豆半島がかすかに見る事が出来ました。
後から知ったのですが、お天気さえ良かったら眼下に一望のもとに
見渡せるのも魅力と書いて有りました。(隊長のコピー参考)
この、風景を一望出来目に焼けつけれたことは一年間トレーニングを
して来た「オダチン」かも・・・
私が、忘れていけないことは、その都度、焼印をしてもらう事です。
(それは、また、何時登れるかわから無いからです。)
やっと,小屋につき、荷物を下ろし、ホット一息。
湿っぽい布団にもぐり、一眠り、夕ご飯の時、頭が痛い為、薬を飲みました。
水は、カレーライスに付いてきた水で、それも、お変わりが出来ない
貴重な物。(とても普段の生活から考えられない経験でした)
明日は、0時起床で1時出発と聞き又、床に着き心を落ち着かせてました。
里美さんは眠れない様で、顔が浮腫んで熱ぽい気がします、
「大丈夫」と聞くと「少し冷やしてみる」言い、再度顔見たら腫れは引いて
いました。(まずは、一安心)
明日は頂上まで登るので人に迷惑を掛けない様エネルギーを貯めなければ
と思いとにかく、寝る事に集中しました。
朝、身支度し外に行くと男の人は全員揃ってましたので、その事を皆に伝え
外に出て挨拶をしたら、隊長から「良かった、順子さんはここで待って
居ると言われると思って心配していた」と言われました。
私は、声を大にして「そんな、根所無しでないー」と言いたかったけど
これからが、長い道のり、いつ「ギブアップ」するか分からないので無言でした。
「先頭は、西田夫婦から行って」と言われ又、ショック。
遅い人に合わせていただける、優しいお言葉(隊長命令)
直ぐ、追いぬかされ、ホット(後ろからもっと早く歩いてよーと声が聞えそうで)
何度か突風に出会い目も開けては居られないほど砂が廻って
大変でした。漸く無言にて、ひたすら歩き続け、山頂に立てました。
「ヤッタ、バンザイ、バンザイ大声」を張り上げたい気持ちでしたが
なにせ、寒いの何のって普通ではない、背中にホカロン張って有るのに
ホカロンはまったく役立たず、小屋の一角の窪みで、原田さん、有希
中野夫婦、私、隊長が固まってしのんでいまいた。時折りおしくらまんじゅう
をしてくれるのですが、痛いだけでちっとも暖かくならない。
そうこうしている間に、太陽が上がり、もっと良い場所へ移動するのですが
突風で吹き飛ばされ、立つのもヤット、目には砂が入り込みますが、
御来光をバックに記念写真を隊長に撮って貰いました。
(突風の為、髪の毛は逆立ってますが自然でとても気に入ってます。)
猪飼隊長さま、綿密な登山計画で私達に楽しさ、爽快感を教えて頂き、
ドコモ隊、エヤロビ隊、ヤスミ隊の原田さん、それにアニーター
1年間お付き合い有難うございました。
この感動は、一緒に苦しみ、一緒に登った人しか分からないと思います。
晴れ女は最後まで天気が私を味方してくれました事に、「ホット」し感謝。
念願の富士登山に成功した事に感謝します。
西田順子
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